此系列記錄的是「青年百億海外圓夢基金計畫」的親歷過程,而非申請流程的攻略或指南。
成田機場的燈光是沒有時間的那種白,闃靜而均勻,像把晝夜一併漂洗掉了。時鐘指著十五點零五分,入境大廳的人群在四周攢動,每個人都攜帶著篤定的去向,步履間有一種不容遲疑的慣性。我拖著行李走出閘口,短暫地懸在人流裡,像一根被水沖進河道、卻還沒找到方向的木片。
Hakui 走在前頭,一隻手拖著行李箱,另一隻手握著手機,眼睛盯著螢幕,拇指偶爾划動,偶爾停下來,把手機貼到耳邊說幾句,語調平靜,卻壓著一種不耐,是那種被瑣事纏住、說大不大卻甩不掉的煩躁,語調裡有一種處理麻煩事時特有的沉著。
我跟在他三步之後,沒有出聲。從國小就認識的人,猶如兩塊原本稜角分明的礫石,在歲月的川流裡彼此蹀躞,最終磨去了所有尖銳,剩下一種不言而喻的圓熟。
他把手機收進口袋,說:「仲介一直傳簡訊來。」
我瞥了他一眼,沒說什麼。
「很少的錢。」他自己接著說,語氣裡有一種輕描淡寫的煩躁,「就是不知道哪裡來的費用,一直追。」
他在東京讀了幾年大學,上個月退了租,以為都結清了,卻還有這樣一筆零頭懸著,仲介的簡訊從出發前就開始傳,傳到飛機落地,傳到入境大廳的燈光下。
他正在電話裡結清上一段東京生活的尾款,而我們卻同時踏進這座城市的入境大廳,準備開啟另一段全新的篇章。對他而言,東京是一座裝滿了舊日常的城市,街道的走向、地鐵的換乘、深夜便利商店的位置,都在記憶裡有各自的錨點,熟悉得像是某種已然融入骨骼的語言。而我只是第一次踏進這片窈冥,城市對我一無所知,我對它亦然。
三個月前,台中,我收到研修錄取通知的那個下午,坐在實驗室裡盯著螢幕上的 Email,周遭是慣常的背景音。冷氣的低鳴、鍵盤的敲擊、某個角落的風扇轉動,一切都和往日別無二致,像是這個空間並不知曉剛才發生了什麼,也不打算特別為此停頓。
我讀了兩遍,確認寄件人,確認主旨,確認那個「錄取」二字確實存在於螢幕上,而非眼睛的錯覺。然後我靠回椅背,望著天花板的日光燈,沒有立刻告訴任何人。除了拿起手機,打開與 Hakui 的對話框,傳了一句話過去。
他也有面試。所以那條訊息傳出去的瞬間,其實同時帶著兩個意思,一個是告知,另一個是詢問。
他很快回覆。也錄取了。
我盯著那兩個字看了一會兒,然後把手機倒扣在桌上,轉回螢幕,繼續看程式碼。程式碼還是那些程式碼,邏輯嚴密,一絲不苟,和五分鐘前沒有任何分別。只是我忽然有一種奇異的感覺,像是在一個住了很久的房間裡,某天無端端地發現牆壁的顏色和自己記憶裡的略有出入。
エクスプレス的車廂裡,我靠著窗,看著窗外的東京以一種咄咄的姿態向我逼近。
在台灣,高鐵窗外的世界是橫向的:田野、工廠、遠山,以一種悠緩的水平線綿延,土地習慣了被人凝視,連消逝都不慌不忙。但東京的窗外是縱向的。樓與樓之間的罅隙裡透出光,皴裂的,嶙峋的,逼得人喘不過氣,卻又帶著某種攝人的引力,讓我目不轉睛。
Hakui 靠著椅背,神色如常,偶爾望向窗外,眼神裡沒有什麼特別的起伏。那種淡漠是長期居住之後自然生成的東西,不是冷酷,而是一種深入骨骼的親暱,熟悉到視而不見本身就是一種愛。我坐在他旁邊,看著同一片窗外,看見的卻是全然陌生的風景。
轉乘 JR,已近下班時分。車廂裡塞滿了人,上班族、學生,各自攜帶著一整天的重量,表情鬆弛,姿態慵懶,有人倚著門框闔目,有人低頭凝視手機屏幕,光線在車廂的搖晃裡忽明忽暗,像是某種不規則的呼吸,倏忽而漫漶。我和 Hakui 拖著一個月的行李擠進車廂,輪子卡在地板的縫隙裡,我往後退了半步,撞上了身後不知是誰的手臂,低聲道了一句 すみません,對方連眼皮都沒有抬,城市以一種習以為常的冷靜接納了這個碰撞。
飯店在川崎,我們抵達時天色已然沉暗,霓虹燈的光暈在潮濕的路面上氤氳漫漶,橘色、藍色、白色,彼此溶混滲透,像一幅顏料未乾的夜景,有一種倉皇的、眩目的美,美得有點不真實。
晚餐是附近的中華料理,在 Google Map 上隨意挑選,跟著 Hakui 走進去,坐下,點了些血統曖昧的料理,端上來時熱氣蒸騰。食物的滋味記不太清,只記得那個飽足帶來的踏實感,像是身體終於確認了自己落了地,不再懸浮。飯後去藥妝店補了沒帶上飛機的生活用品,去 7–11 買了罐裝飲料和消夜,在便利商店的日光燈下站了一會兒,打量著貨架上的陌生品牌,那些罐裝、袋裝、瓶裝的日常,對這座城市的人而言理所當然,對我卻帶著一種新奇的異質感,像是從另一個人的日常裡偷走的碎片。
回到飯店,各自關上房門。
手機震動,是研修行程前建立的 LINE 群組,有人傳來附近洗衣店的地址,有人問了房間內設施的使用方式,幾個訊息來去,都是務實的、克制的。沒有人嗫嚅著說期待明天,那幾個陌生的名字在螢幕上安靜地並排著,像還沒有被填入靈魂的空格,像一張地圖上尚未標注任何記憶的座標點,暫時只是名字,還不是人,還不是能讓你在日後某個瞬間想起、心裡微微一動的那種存在。
窗外是川崎的夜,燈火密集,遠處有列車緩緩駛過高架橋,帶著低沉的轟鳴,然後沒入建築群的闃暗裡,聲音也跟著消失,像是某種短暫的存在,來了,然後去了,不留什麼。我把消夜擱在桌上,靠著椅背,讓這個房間的靜謐在四周悄愴地漫漶開來。
那種靜,是久違的。是一種不需要向任何人說明自己身在何處的空曠,是一種可以任由思緒鬆散、不必收攏的憭慄。我在台灣的最後幾週,太習慣隨時保持某種戒備的清醒,太習慣把所有的情緒壓進理性的格子裡,壓得密實,不留餘地,用邏輯為自己砌一道牆,牆裡是安全的,是可以量化的,是沒有意外的。
此刻窗外的燈火無聲地燃著,與我毫無干係,這種無關,反而像一種允許,允許我暫時不是一個工程師,不是一個試圖在數值裡找到意義的人,只是一個坐在異國窗邊、凝視著陌生燈火的普通旅人。
窗外每一盞燈都是某個人日常的一部分。此刻的我,是所有燈火之外的那個旁觀者。但我隱隱知曉,這趟旅程結束之後,某個地方的燈火,或許會因為我短暫的到訪,而在我的記憶裡燃得久一點。
只是那個地方,還不是川崎。
隔天早上,九點整,飯店一樓大廳。
大廳是斜梯型的格局,電梯門甫一開啟,正對面是櫃台,左前方有一根粗大的承重柱,柱子的背後是一排紅色長沙發。電梯門敞開的瞬間,我看見有幾個人站在沙發附近,西裝筆挺,行李整齊地立在腳邊,神情帶著一種試圖顯得自然的拘謹,像是剛被漿過的衣領,硬挺,卻還沒有被穿出自己的皺褶。
我不確定他們是不是。
就是這樣,「不確定他們是不是」。那根承重柱不偏不倚地擋去了彼此辨認的視線,也給了雙方一個緩衝的餘地。我深吸一口氣,繞過去,走上前。
「早安,你們也是研修的嗎?」
對方轉過來,頷首,然後也看了我一眼,像是在確認同一件事。
「對,你也是?」
「對。」
人與人之間最初的距離,有時候只需要一根柱子的寬度,就足以讓彼此在確認之前,先各自踟躕片刻。然後我們站在那裡,各自維持著禮貌的岑寂,像是幾件尚未對齊的拼圖,輪廓都在,卻還沒有找到彼此嵌合的邊緣,還不知道拼在一起之後會是什麼樣的圖案。
JICE 請我們穿商務休閒服裝,但大多數人仍然選擇了西裝,腳踩皮鞋,在早晨的大廳裡整齊地候著。我亦然,平日慣穿帽T與牛仔褲的人,此刻卻套著黑色西裝、白色襯衫,腳踩皮鞋,像是臨時被要求出演一個自己並不熟悉的角色,衣領挺著,袖口拉著,努力維持著某種自己也說不清楚究竟是什麼的得體。
台灣人或許不這樣,但在日本,這種場合似乎就是要如此,而我們也就默默地順從了這個不成文的邏輯,將平日的輪廓暫時收進行李箱,換上一副借來的模樣。MB さん準時現身,帶著一種穩定的職業從容,確認人數,然後領著一行人步出飯店,走向車站。
電車上,幾乎無人交談。偶爾聽見零星幾句,輕聲的,試探性的,倏忽便沉入車廂的背景音裡。車廂另一端,上班族們神情肅整,眼神銳利,與昨晚在 JR 上倦怠閉目的身影判若雲泥。同樣的城市,同樣的面孔,晨昏之別,竟能召喚出截然不同的表情。彷彿黑夜給了他們一個短暫鬆弛的許可,而清晨的第一班電車,則準時地、不容商量地收回了這個許可,替他們重新上緊發條,日復一日,年復一年,不置可否。
從新宿車站走向 JICE 的路上,我感覺腳底有些蹊蹺。
起初只是一種幽微的鬆動感,像是鞋底某處的黏合開始悄然剝離,我放慢腳步,踩了幾下確認,那感覺並非錯覺。然後是聲音,每走一步,皮鞋便發出一聲清脆的響動,像響板,像某種輕佻的宣示,在地鐵通道的硬地上被放大、被迴響,窸窸窣窣地跟在腳跟後頭,整條走廊都是我的聲音,旁若無人,不知羞赧。
這雙皮鞋買了五年,穿過的次數屈指可數,像我那些年把自己關在邏輯的殼裡、鮮少真正踏出去的那部分,硬挺,完好,卻是一種未曾被生活真正磨損過的完好。而此刻,鞋底就這樣,在異國的地鐵通道裡,選擇了這一天開口笑,發出一路窸窣的聲響,像是某種蟄伏已久的東西終於按捺不住,破殼而出。
我低頭看了一眼,旁邊的人也低頭看了我一眼,然後我們對視,然後笑出來,笑聲混進了那一路窸窣的回響裡,鬆動了某種原本還繃著的什麼。命運從來不在莊嚴的時刻現身,它只挑這種毫無防備的早晨,借一雙五年不曾穿過的皮鞋,不聲不響地,替一段旅程敲響了鐘聲。
日本語バージョン
成田空港の照明は、時間というものを持たない種類の白だった。静まり返り、均一に広がり、昼と夜をまとめて漂白してしまったかのようだ。時計は十五時五分を指している。入国ホールでは人の流れが四方でうごめき、誰もが確かな行き先を携え、足取りにはためらいを許さない慣性がある。
私はスーツケースを引きながらゲートを出て、しばらく人の流れの中に宙づりのように立ち尽くした。まるで水に押し流されて川筋に入り込んだものの、まだ進む向きを見つけていない木片のようだった。
Hakui は前を歩いていた。片手でスーツケースを引き、もう一方の手でスマートフォンを握り、視線は画面に落ちている。親指がときどき滑り、ときどき止まり、そして携帯を耳に当てて何か短く話す。口調は落ち着いているが、そこにはわずかな苛立ちが押し込められていた。大事でもないが振り払えもしない雑事に絡め取られたときの、あの種類の煩わしさ。だが同時に、面倒事を処理するとき特有の冷静さも宿っていた。
私は三歩後ろをついて歩き、何も言わなかった。小学校の頃から知っている相手だ。もともと角ばっていた二つの礫が、長い年月の川の流れの中で互いに擦れ合い、やがて鋭さをすべて削り落としてしまったようなもの。言葉にしなくても通じる、円熟した関係だけが残っている。
彼は携帯をポケットにしまい、言った。 「仲介がずっとメッセージ送ってくる。」
私はちらりと彼を見ただけで、何も言わなかった。
「大した額じゃないんだけど。」 彼は自分で続けた。口調は軽いが、やはり少し苛立っている。 「どこから出てきた費用なのか分からないのに、ずっと請求してくる。」
彼は東京で数年大学に通い、先月部屋を引き払った。すべて精算したと思っていたのに、こんな端数の支払いがまだ宙に残っていたらしい。仲介からのメッセージは出発前から届き続け、飛行機が着陸しても、入国ホールの白い照明の下でも、なお届き続けていた。
彼は電話で、東京での前の生活の最後の支払いを済ませている。 その一方で私たちは、同時にこの都市の入国ホールに足を踏み入れ、新しい章を始めようとしている。
彼にとって東京は、古い日常が詰まった街だ。通りの向き、地下鉄の乗り換え、深夜のコンビニの場所、それぞれが記憶の中に錨を下ろしている。骨の中に溶け込んだ言語のように自然なものだ。 だが私は、初めてこの幽かな暗がりに足を踏み入れたばかりだ。街は私のことを何も知らず、私もまた同じだった。
三か月前、台中。 研修の合格通知を受け取ったあの午後、私は研究室でメール画面を見つめていた。
周囲にはいつもの背景音があった。エアコンの低い唸り、キーボードの打鍵、どこかの隅で回る扇風機。すべてがいつも通りで、ついさっき何が起こったかなど、この空間は知りもしないし、特別に立ち止まるつもりもないかのようだった。
私は二度読み返した。差出人を確認し、件名を確認し、「合格」という二文字が確かに画面上に存在することを確かめた。目の錯覚ではないと。
それから椅子にもたれ、天井の蛍光灯を見上げた。誰にもすぐには知らせなかった。ただスマートフォンを手に取り、Hakui とのチャットを開いて、一行だけ送った。
彼も面接を受けていた。 だからそのメッセージは、知らせであると同時に、問いでもあった。
彼はすぐ返信してきた。 彼も合格した。
私はその二文字をしばらく見つめ、それからスマートフォンを机に伏せて置き、画面に向き直り、再びコードを読み始めた。コードはいつものコードで、論理は厳密で、一分前と何も変わらない。
ただ、奇妙な感覚があった。長く住んだ部屋の中で、ある日ふと、壁の色が自分の記憶とわずかに違うことに気づいたような感覚だった。
エクスプレスの車内で、私は窓にもたれ、外から迫ってくる東京を眺めていた。
台湾の新幹線の窓外は横の世界だ。田畑、工場、遠い山々が、ゆるやかな水平線として続いていく。土地は人に見つめられることに慣れていて、消えていくときさえ急がない。 だが東京の窓外は縦の世界だった。ビルとビルの隙間から光が漏れ、ひび割れ、鋭く突き出し、人を息苦しくさせる。それでいて、目を離せない引力がある。
Hakui は背もたれに寄りかかり、いつも通りの顔でときどき窓の外を見た。そこには特別な感情の波はない。その淡さは長く住んだ者に自然に生まれるものだ。冷たさではなく、骨の奥まで染み込んだ親しさ。見慣れすぎて見ないこと自体が、ひとつの愛の形のようなもの。
同じ窓の外を見ているのに、私にはまったく未知の景色だった。
JR に乗り換える頃には、すでに退勤の時間帯だった。車内は人でいっぱいだ。会社員、学生、それぞれ一日の重さを抱え、表情はゆるみ、姿勢はだらけている。ドアにもたれて目を閉じる人、スマートフォンを見つめる人。光は車両の揺れの中で明滅し、不規則な呼吸のようだった。
私と Hakui は一か月分の荷物を引いて車内に押し込まれた。スーツケースの車輪が床の隙間に引っかかり、私は半歩後ろに下がって、後ろの誰かの腕にぶつかった。 「すみません」と小声で言う。相手はまぶたさえ上げなかった。都市はこの衝突を、慣れきった静けさで受け入れていた。
ホテルは川崎だった。 着いたときにはすでに空は暗く、ネオンの光が湿った路面に滲んでいた。オレンジ、青、白。互いに溶け合い、まだ乾いていない絵の具のような夜景。慌ただしく、眩しく、どこか現実味の薄い美しさだった。
夕食は近くの中華料理店。Google Map で適当に選び、Hakui の後について入った。座り、曖昧な血統の料理をいくつか頼む。料理が運ばれてくる頃には湯気が立っていた。
味はあまり覚えていない。ただ、満腹になったときの安心感だけ覚えている。体がようやく地面に着いたと確認するような感覚だった。もう宙に浮いていない。
そのあとドラッグストアで機内に持ち込めなかった生活用品を買い、7–11で缶飲料と夜食を買った。コンビニの白い灯りの下でしばらく立ち、棚の見慣れないブランドを眺めた。缶、袋、瓶に詰められた日常。 この街の人には当然のものだが、私には新鮮で異質だった。誰か別の人の日常から盗んできた断片のようだった。
ホテルに戻り、それぞれの部屋のドアを閉めた。
スマートフォンが震えた。研修前に作られた LINE グループだ。近くのコインランドリーの住所を送る人、部屋の設備の使い方を尋ねる人。やり取りは実務的で、節度があった。
誰も「明日が楽しみだ」とは言わない。画面に並ぶいくつかの見知らぬ名前は、まだ魂が入っていない空欄のようだった。まだ記憶が書き込まれていない地図上の座標のように。ただの名前であって、人ではない。いつかふと思い出して胸がわずかに動く、そんな存在にはまだなっていない。
窓の外は川崎の夜。灯りが密集し、遠くの高架橋を列車がゆっくり走っていく。低い轟音を残し、建物の闇に沈み、音も消える。何かが一瞬存在して、そして去ったようだった。
夜食を机に置き、椅子にもたれ、この部屋の静けさがゆっくり広がるのを感じた。
その静けさは久しぶりだった。どこにいるかを誰にも説明する必要のない空白。思考をほどいてもよく、まとめなくてもよい自由。
台湾での最後の数週間、私は常に警戒した覚醒を保つことに慣れすぎていた。すべての感情を理性の枠に押し込み、隙間なく詰め込み、論理で壁を築いていた。壁の内側は安全で、測定可能で、予測不能なものはない。
今、窓の外の灯りは無言で燃えている。私とは無関係だ。 だがその無関係さが、むしろ許可のようだった。 私は今、エンジニアである必要もない。数値の中に意味を探す人間である必要もない。ただ異国の窓辺に座り、見知らぬ灯りを眺める普通の旅人でいられる。
窓の外の一つ一つの灯りは、誰かの日常の一部だ。 今の私は、そのすべての外側にいる観察者。
けれどこの旅が終わる頃には、どこかの灯りが、私の短い滞在のために、記憶の中で少し長く燃え続けるかもしれない。
ただ、その場所はまだ川崎ではない。
翌朝九時。ホテル一階ロビー。
ロビーは斜めの台形の構造で、エレベーターの扉が開くと正面にフロント、左前方に太い柱、その裏に赤い長いソファが並んでいる。
扉が開いた瞬間、ソファの近くに数人が立っているのが見えた。きちんとしたスーツ姿で、荷物は足元に整然と置かれている。表情には、自然に振る舞おうとしているぎこちなさがあった。糊のきいたばかりの襟のように、硬く、まだ自分の皺がついていない。
彼らがそうなのか、私は確信が持てなかった。
「そうなのかもしれない」という、その曖昧さ。 柱がちょうど互いの視線を遮り、確認する前のためらいを与えていた。
私は深く息を吸い、柱を回り込んで歩み寄った。
「おはようございます。研修の方ですか?」
相手は振り向き、うなずき、私を見た。 同じことを確かめているようだった。
「はい。あなたも?」 「はい。」
人と人の最初の距離は、時に一本の柱の幅だけで十分だ。その間に互いが少しためらう時間が生まれる。
私たちはそこに立ち、礼儀正しい沈黙を保った。まだはまっていないパズルのように。輪郭はあるが、互いに噛み合う縁をまだ見つけていない。完成したときどんな絵になるのか、まだ誰も知らない。
JICE はビジネスカジュアルを指定していたが、多くの人はスーツを選んだ。革靴を履き、朝のロビーで整然と待っている。
私も同じだった。普段はパーカーとジーンズの人間が、黒いスーツに白いシャツ、革靴を履いている。慣れない役を急に演じさせられたようだった。襟を整え、袖を引き、何なのか自分でもよく分からない「きちんとさ」を保とうとしている。
台湾ではそうでもないかもしれない。だが日本では、この場面はこうあるべきらしい。だから私たちも黙ってその不文律に従い、日常の輪郭を一度スーツケースにしまい込み、借り物の姿を身にまとった。
MB さんが時間通りに現れ、職業的な落ち着きで人数を確認し、私たちを連れてホテルを出て駅へ向かった。
電車の中ではほとんど誰も話さない。ときどき小声の短い会話が聞こえ、すぐに車内の背景音に沈んでいく。
車両の反対側では会社員たちがきりっとした顔をしていた。昨夜 JR で目を閉じていた疲れた姿とは別人のようだ。同じ街、同じ顔でも、朝と夜でこれほど表情が変わる。 夜は一時的に緩む許可を与え、朝の始発電車はそれをきっちり回収する。ばねを巻き直すように。日々、年々、淡々と。
新宿駅から JICE へ歩く途中、足元に違和感があった。
最初は微かな緩みだった。靴底の接着がどこかで剥がれ始めたような感覚。歩く速度を落として踏み直すと、やはり気のせいではなかった。
やがて音がした。 一歩ごとに革靴が軽い音を立てる。拍子木のような、軽薄な宣言のような音。地下通路の硬い床で反響し、足元にまとわりつく。廊下いっぱいに私の音が広がり、恥じらいもなくついてくる。
この革靴は五年前に買ったものだ。履いた回数は数えるほど。あの頃の私が、論理の殻に閉じこもり、ほとんど外へ踏み出さなかったのと同じだ。硬く、無傷で、しかし生活に擦られたことのない無傷。
その靴底が今、異国の地下通路で、この日に限って口を開けて笑い始めた。ささやかな音を立てながら。
まるで長く潜んでいた何かが、ついに殻を破ったようだった。
私は足元を見た。隣の人も私を見た。 目が合って、そして二人で笑った。
笑い声はその足音に混じり、何か張り詰めていたものをほどいた。
運命は決して厳かな瞬間に現れるわけではない。 ただ、こんな無防備な朝を選び、五年履かなかった革靴を借りて、静かに、ある旅の始まりに鐘を鳴らすのだ。
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大家好,可以叫我鴕鳥。現為九州大學研究生。喜歡看電影、讀小說、偶爾去沒去過的地方走走。鴕鳥這個名字有兩個意思。一是跑得最快的兩足動物,一是不願正視現實的人。仍然不確定自己是哪一個。
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